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2011年10月11日火曜日

紺地に朱色で絆と書かれた縄のれんを持って自転車に乗っている高校生ぐらいの青年を見た。
よく見ると、縄のれんではなく、千羽鶴でできている。
なるほど、絆があれば、こういうものもできるのね!!
最高!!

ダイヤモンドの万華鏡

銀座の田崎真珠のウインドウに、のぞき穴のようなものがあった。
近寄ると、ダイヤモンドの万華鏡で、ぐるぐる回せるようになっている。
覗いてみると、透明な部分と黒の部分のコントラストがあり
確かにダイヤのかがやき

でも、私の持っている万華鏡・・・回りの景色が万華鏡の素材になるもののほうが、森羅万象を映し出して美しいような気がした。

持てないものの、ひがみか?
いや、必ずしも高価なものが美しいとは限らない。

よちよち歩きの初めての銀座

銀座どおりを歩いていると、ベビーカーを押したママと、幼稚園生ぐらいのおねいちゃんと、よちよち歩きのお嬢ちゃんが、信号まちをしていた。
よちよち歩きの子は、銀座のネオンに目をかがやかせていた。

きっと、初めての銀座なのだろう。
始めて、どこかへ行ったときのどきどきした感動が、日常となって忘れ去られている自分に気が付き、あらためて、周りを見渡したのであった。

薪能に寄せて

獅子ならぬ
御苑の芝に導かれ
薪の舞台
十三夜

薪能の演目は、
狂言
越後聟(えちごむこ)
聟が、野村萬斎
結婚後に初めて、むこが、おくさんの実家を訪れる話
舅と、姉のむこ<この人は、盲目の匂当(盲人の位で検校と座頭の間)>とむこどのが、酒を酌み交わしながらめでたい歌や踊りを披露しあうというもの。
むこが持ってきたぼたんから、獅子が連想され、越後のむこなので、角兵獅子の獅子舞を所望される。
萬斎が、アクロバット的な要素を取れ入れて手直ししたものを舞いました。
この話で関心したのは、盲目の人と差別なく接しておどりまで所望している点
昔の日本は、今より、ダイバーシテイーが進んでいたのではないかと考えさせられました。

能は、石橋(しゃつきょう)
中国に渡った僧が、文殊菩薩の住む山の入り口にかけられた石橋を渡ろうとして童子にとめられる、やがて紅白の牡丹とともに獅子の親子が現れ獅子の子落しも含まれた舞いがおどられ千秋万歳を寿ぐもの。

いずれの舞台も獅子を題材にしたもので、とても興味深いものでした。

2011年10月10日月曜日

13夜の薪能

今日は、十三夜、
新宿御苑に薪能を見に行く。

芝が青々していて、夜露にぬれてきれいだ。

演目は、獅子にちなんだ、狂言と能
狂言や能は、究極の舞台芸術だとあらためて考えさせられた。

大道具がない。
自分で、自分の役柄や、話の転開を自分で説明するところなんて・・・素敵

体育の日

1964年10月10日
快晴の空の下、東京オリンピックが開催された。
昭和天皇がご挨拶をされたとき、ご自分の声がこだまするのを聞きながら、間をとられてごあいさつなさっていたことを思い出す。
ブルーインパルス?による5色の五輪の輪をジェット機の、排気で描いたのをみたとき、これからの社会は、豊かな社会になると子供ながらに感じたものだ。

体育の日は、月曜となってしまったが、
今年は、10月10日と重なって、晴れ
10月10日は、当時晴れの特異日だったので、その日をオリンピックの開会式としたと聞いたことがある。

今日、いつも行っているジムも、無料、
いろいろなイベントレッスンが開催されたが
無料なので、入場できないかと思って行ったら、結構好いている。

会員の人は、無料日のメリットがなくて、
ただ、混むだけなので、来ないのだ。

イベントレッスンも楽しいが、会員の人は、あの混雑に耐えられないのだ。

会員になる人は、時間をきにせず、マイペースで鍛えられることが気に入っているので、わざわざ並んで、混んでいるレッスンに出る気はない。

私は、自分が出れる時間帯のレッスンにしかでない。
そして、そのお気に入りのレッスンが、無料金だろうが、イベントであろうが開催されれば出るのだ。

要は、無料体験レッスンとかあると混むので、会員は、月額の費用を払っているので。無料な日があると損している気がするのだ。会員のみのメリットもあるといいのだが、

そうそう、私の出たレッスンは、水中での運動で、いつも30分のところ45分
先生は、おひとりで45分、プールサイドで説明されるので、暑かったようで、大変そうであったが、参加者は楽しかった。

ただ、トイレに行きたくなる。
プールサイドのそばのトイレは、いつもだれも使ってないのに、満員だった。

2011年10月9日日曜日

うつ

躁と鬱の日がたれにもあると思う。
仕事がうまくいかないとき、人間関係などなど

いい仕事をしている人は、うつになんかならないと思っていた。
くやむことがないから、
でも、そうではないらしい。
新聞に小児がん医療の先生の経験談が載っていて、たくさんの命をすくういい仕事だと思ってたけど、本人は、助けてあげられなかった患者さんのことを考えると、自分の無力さに、うつ状態になったときが3年ほどがあった。というような記事が載っていた。

だれでも、自分の無力さに悩むんだ。
だから、自分は、少しでも人に役に立っているとポジテイブに、考えるようにしていかないといけないんだな。

命がなくなると何もできないから、今のこのいのち、この時を100%の力で生きよう。100%の力で楽しんだり、休んだり・・・
と、いつもぼうっと時を過ごすくせに、考えたりして

私も自分をあきらめないで、ちょっとがんばってみよう。

何のことだと思いますか?
自分の蓄えた、お宝の整理です、
ひとは、それをガラクタと呼ぶ。

今、断捨り?あれ、どんな字だったかな?だんしゃりと言うけれど
仏舎利を捨てるみたいでなんか好きになれないことば、

そう、未来への再生と言おう。
もしかして、三途の川を渡る準備としたほうがいいのか
昔の人は、6文銭を持たしたというが、今の渡り賃は、当時の貨幣価値で換算するといくらになるのかな?
フエリー代と考えると、2000円から5000円くらいかな?
ヨーロッパよりも遠いから100万くらいいるかな?
三途の川の渡し賃が払えないから、お迎えが来たら、貯金たまるまで待ってと言おう。
ご招待ならいいよと。

いやいや、ご招待いただく筋ではありませんので、しばしお待ちを!!