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2011年11月3日木曜日

コレクション

近くの骨董屋さんのウインドウに、
並んでいるたくさんの陶磁器の人形
大きさは、みな20cmくらい
色合いは、グレー、ブルー、白
おそらく、リヤドロの人形

集めたときは、いろいろな思い出があったであろう人形たちは、
新品とは違い、何か重いものを背負っているようだ。

持ち主との別れは、死であったのか?財政的苦境か?

いろいろなものをコレクションするのが好きな私には、身につまされる。
自分が死んだ時、多分それらは、ガラクタとなってしまう。

使えるものは、生きているうちに使おう。

そういえば、何年か前、東京フオーラムの広場でのみの市のようなものをやっていて、老夫婦がコレクションの陶器のコーヒーカップと、モーゼルのワイングラス等を出品していた。

その、コーヒーカップで、お二人でコーヒーを飲んだことがあるのだろうか?
あるいは、その美しい赤のワイングラスで、ワインを傾けながら、語り合ったことがあるのでしょうか?

持っているだけでは、つまらない。
割れてもいいから、使おう。

そういえば、使って割れるのももったいないね
いや、割ったと言うほうが正しい。
バカラのシャンパングラスを、洗っていて握りつぶしたり
自分では、握りつぶした気はないが、割れていた。
追加して購入した同種のシャンパングラスに、今度は、安い湯呑み茶碗の蓋を落として割ったり
高価なものを使いこなすのは、結構難しい。

2011年11月2日水曜日

メタボは、経済に悪影響を及ぼすか否か

最近、電車の中でメタボの人が多い、気になる
人の二人分の体積をとっている人はざらである
平均すると1.25人分か?
この人達が、普通の体型になると、体積はも25%減る
電車がすく、本数を3/4にできる経済効果は大きい

いや、電車の本数が多いと運転手さんもいるし、車両もいるからメタボが多いほうが経済効果が大きい。
シャツを作るにも、布がたくさんいるし、たくさん食べてくれるということは、それだけ食材も必要で経済効果大
と見るか?

あるいは、人口70億人の時代、飢餓状態の人があらかたな時代に飽食は、
許せないと見るか?

明日が休日だからか

お泊り風のアベックが電車に多かった
楽しそうにしている人もいれば、
つまらなそうな人もいる
つまらない人とは別れた方がいい
人生短い、もっといい人と出会えばいいのさ

へんなやつに付き合うことはない。

メルアド変更

携帯にメルアド変更のメールが来た。
差出人名がない
新しいメルアドからのメール
こういうそそっかしい友達が2人
こんなアドレスをつけそうな友人が2人
4人のうちだれか?
あるいは、ぜんぜん違う人かもしれない
とりあえず放っておこう。

地理を知らないタクシーの運転手さん

故あって、国会図書館に通っている
仕事を終えてから行くので忙しい。
今日は、奮発してタクシーに乗った。
タクシーは、めったに乗らない、生まれてから20回目ぐらいかな

さて、国会図書館の場所を知らない運転手さんだったので、詳しく説明したのに、
最高裁判所の間の246に入ったら、すぐ左に社民党のビルがあるので、そこを曲がってと説明したら、国会議事堂のあたりですねという。
まあ、近くや
カーナビセットしているから安心していたらなんと国会議事堂に向かって曲がってしまった。あれよと進むうち、右に図書館がみえたので、右に見えるたてものですよと言ったら、右にまがればいいのですか?
いえいえ、右にある建物ですよ・・・
もうここでおろしてください。

なぜ、東京のタクシーのうんちゃんは、免許は持っているけど運転しない私、人間カーナビより地理に弱いのか?
女は、地図に弱いという本があったけど、あんなの嘘じゃ、私はめっぽう地図に強い・・・伊能忠敬か?
乗ったことないけど、ロンドンのタクシーのようなプロはいないのか?

そして。地図女子は、タクシーはちっとも便利ではないと、地下鉄で行動するのでありました。

きつくあたって、うんちゃんごめんね!!
でもね、地理に疎かったら、カーナビの見方勉強してほしい。

2011年11月1日火曜日

哲学者 森岡正博さんの文章の続き

孤独には、もうひとつの意味があります。
さびしさに耐えられず、好きな人に会いにいってだきしめられても・・・中略
あなたの存在そのものは、一人のまま取り残されるのです。

ここに、人間の孤独の本質があります。

という森岡さんの文章を読んで

私の感想
そう、人間の孤独の本質を知ってしまうと、あえて人と接したくなくなる。
ますます、孤独になる
人間の孤独の本質を避けたいという臆病さ・・・それは、楽しみをも奪うものであるけど

孤独でもいい、好きな人に会いたいと思う気持ちは、素直でいいね
私にもそんな時があった

でも、勇気がなくて

そもそも、好きだとかいう概念が、あやういものである。

今となっては、それもまたよし、みな風の前の灯に同じ

孤独を楽しむ

2011年10月31日朝日新聞の夕刊に、哲学者 森岡正博さんの、孤独を楽しむという文章が掲載されていた

ふだん気にもとめていなかった人から、何気なく優しい言葉をかけてもらったとき、それは果てしなく遠いところから私という孤独な世界にまで届いた清らかな一枚の便箋のように、私には感じられます。

というフレーズがあった。

私は、感じる側より、優しい言葉をかけるほうに回りたいと常々思っているが
それは、やさしい言葉をかけられたいという気持ちの裏返しなのかもしれない。

北風と太陽・・・北風になりやすい辛辣な私は、太陽でありたいと思う。